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月面シネマ

映画をみて聴いて読むブログ

『聖杯たちの騎士』とはなにか。『天国の日々』 監督 : テレンス・マリック 天国では観れない映画

 『聖杯たちの騎士』(公式サイト) を観るとはてなが浮かぶ人は多い。たとえば、物語は?意味は?いったいなんなの、食べれるの? という具合に。

 この映画はテレンス・マリックという監督が天国の日々』という映画を撮るまでにあったこと、そして、天国の日々』を撮ったあとにあったこと、を描いた映画だ。

 だからこそ、そのなかでシュナイダー兄弟がちょっとした小悪党みたいに描かれてたのにはビックリした。だって彼らが製作を担当した、その『天国の日々』という映画はすごい傑作だし、公開が1978年とはいえ、どの時代にも色あせない普遍的な価値を持っている。驚くのはその映像の美しさで、テーマは神や宗教に対する懐疑心だ。

 この天国の日々を観てないと『聖杯たちの騎士』が理解できない、というところもあるかも知れない。


www.youtube.com YouTube - 天国の日々(予告編)

 あらすじ

 第一次大戦が始まって間もない頃。私リンダ(リンダ・マンツ)は、シカゴに住んでいた。兄ビリー(リチャード・ギア)は鉄工場に勤めていたが、上役と喧嘩して彼をなぐりたおして工場をとび出す。 [ KINENOTE(キネマ旬報社) - 天国の日々] より

 1978年といえば、『ファイブ・イージー・ピーセス』や『イージー・ライダー』などに代表されるアメリカン・ニューシネマが終わる頃で、その二年前に公開されたマーティン・スコセッシの『タクシー・ドライバー』なんかではもう、ニューシネマらしさが影をひそめている。1975年ベトナム戦争が終結し、事実、『タクシー・ドライバー』の一年後、1977年には『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』が公開された。タクシーでニューヨークぶらぶらしてないで宇宙いこうぜ、という動きができたのだ。

 映画天国の日々原題 : 『Days of Heaven』)はそういうどっちつかず、ニューシネマが終わったのか、まだつづいていくのかが曖昧な時代に作られた映画でもある。撮影監督を務めたネストール・アルメンドロスもいまや伝説となっているし、映画好きの人にオールタイム・ベストを訊くとこの映画が入っていることも多い*1。いわゆる世界の名作と呼ばれるものの一つだ。

 では、この映画の言わんとしてること、というかテーマは? というと、上に書いた通り。

信仰の不在とアブラハムの宗教

 監督テレンス・マリックといえば、映画『ツリー・オブ・ライフ』でパルム・ドールを受賞し、多くの観客から賞賛を得たアメリカの映画監督だけど、『ツリー・オブ・ライフ』を観た人から寄せられたのは賞賛だけじゃない。この映画は同時に多くの人を困惑させた。その原因は彼の独特のスタイル(なんと物語がない)や、そこで展開されるキリスト教的価値観あまりにもあれだったためだと言われている。だから、それらを知らずにTSUTAYAでDVDを借りた人の多くがおったまげた。こんなもん意味不明でっせ、と。

 ようするに「わけがわからん」のだろう。そして、それはさもありなん。『ツリー・オブ・ライフ』以降のマリックの映画はとくに、なんというか普通に観るタイプの映画ではない。だから映画にストーリーを期待する人から非難を受けるのは当然のことだ。当然のことなんだけど、だったらそんな映画を撮った彼が伝説の監督と呼ばれるのはなぜなんだろう?

 旧約聖書には神がアブラハムに語る言葉としてこんなものがある。

 「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上の全ての民族は、あなたによって祝福される」 『創世記』12章1-3 より

 『トゥ・ザ・ワンダー』という映画では、ヨハネの手紙 (1) 4章 11節〜16節あたりを、『地獄の逃避行』では楽園追放を、マリックという監督はよく聖書を下敷きやモチーフにして映画を作る。だからキリスト教的教訓作家と思われてしまうのかもしれないけれど、彼の代表作の一つである『天国の日々』の背後にあるのは、仏教非西洋的価値観だ(『聖杯たちの騎士』ではそのことを思いきりアッピルしてきてた*2)。

 あらすじはこう、若かりしリチャード・ギア演じるビルという男(ギア様が若い!)は鉄工場で働いていたがある日クビになり、妹のリンダ、そして恋人のアビーを連れ立ち、新たな食いぶちを求め、ひとつの農場にたどり着く。時は第一次世界大戦のはじめ、貨物線を走る機関車が白黒セピアの煙を吐き出し、人々は木板の上で楽しそうにタップダンスを踊る*3。大勢の労働者たちと共に農場にやってきた、このビルという男、この男が聖書に描かれたアブラハムの物語をなぞるように映画は進んでいく。話の枠組みはほとんど聖書からの借りものだ。たとえばビルは恋人のアビーそのほうが世間を渡りやすいという理由で、妹と偽って旅をしている。

 同じように、アブラハムにはサラという妻がいた。神さまによって約束された土地を目指し、ハランを通ってカナンに入り、シェケムで神に会った。彼は美しい妻サラと一緒にいることで自分の身に危険が及ぶことを恐れ、サラ自分の妹であるということにしていた。飢饉に見舞われたネゲブ地方を離れ、一行はエジプトに移ることになるのだが、そこでサラエジプト王に見初められ、アブラハムたちは宮廷に迎え入れられることになる。

 という具合に、ビルたちもエジプト王の家に迎え入れられ、天国のような日々を手に入れる。

誰にも約束されてない場所へ

 ところでアブラハムキリスト教だけじゃなくユダヤ教イスラム教にとっても最も神に祝福された人だ。上に引用したように、神さまは全ての人間が神の栄光に浴することができるのは、全部アブラハムのおかげなのだと言っているし、実際これらの宗教はアブラハムの宗教と呼ばれている。

 それがこの映画では銃で撃たれ犬のように死んでしまうのだ。ビルは卑俗な人間の欲望のために過ちを犯し、サム・シェパード演じるエジプト王は嫉妬に狂う。映画のクライマックスでビルは報いを受ける。

 物語はアブラハムの不在を描いている。だって聖書と同じように進むならビルは神の恩寵によってエジプト王のもとから無事逃れることができたはずなのだ。でも、この映画は最後の最後で聖書を捨て去ってしまう

 風に揺れる麦の穂、イナゴの大群(マグノリア』かよ*4、地平線に滲む地球の青い影。マジック・アワーと呼ばれる日没後数十分ほどのあいだ太陽が地球の青い影を黄昏に溶け込ませる時間を使って『天国の日々』は撮影された。映画の大半を占める夕暮れのシーンはすべてその数十分間にだけ撮影されたものだ。*5

 そういう偏執的なまでの拘りによって生まれた映像の美しさが高く評価され、『天国の日々』は今日に至るまで傑作の名を欲しいままにした。そして、それによってマリックは伝説の監督と呼ばれるようになったのだけど、マリックがそんなふうな拘りを持っていたのには理由がある。

 、とりわけ太陽の光は、マリックにとって神さまそのものを象徴している。(アマテラス大御神みたいに)太陽はいろんな宗教や自然信仰で神格化されているけれど、彼もそれを意識している。マリックにとって太陽とは 世界という織物を織る神の手から自ずとこぼれ落ちる光 の象徴だ。でも、『天国の日々』に神さまはいない。太陽は沈んでしまった。

 マジック・アワーは地上の全てから影を取り去り物事のありのままの姿を見せる、夕暮れの最も美しい時間だと言われているし*6、この映画の登場人物は全て、その美しい時間にだけ存在しているのだけど、その裏にあるのは信仰の不在だ。

 人はみな、地平線の向こうに沈んでしまった神さまの映し出すのなかで暮している。もう宇宙には存在しない星の光を眺めているみたいに、みんなもう死んでしまった神さまの思い出を眺めている。『天国の日々』が描いているのはこのことだ。神が存在しようとしまいと人間のすることには何の関係もない。そして神に祝福されたものなどいない

 そういうニヒリズムのなかでマリックがなにを考えていたのかを描いたのが『ツリー・オブ・ライフ』や『聖杯たちの騎士』といった映画でもある。

 最後のシーンで、幼い妹のリンダが友達と歩いていく先にあるのは、まだ誰にも約束されていない場所アブラハムのいない世界であり、それはマリック自身の行く先を暗示している。この映画を撮ったあとテレンス・マリックは20年間失踪した。


*1:コーエン兄弟が映画化した『ノーカントリー』をめぐる鼎談で、あのコーマック・マッカーシー恐ろしくいい映画(Awfully Good Movie)だと言ってた。たしかに好きそう。

*2:ちなみに『聖杯たちの騎士』は最初に書いた通りの映画だというわけでもなく(てへぺろ)、物質主義や反物質主義、様々な両極端に思える価値観のなかからそれらを統合する一つのもの(要するに真珠ですね)を見つけようとするマリックの自伝的映画で、実際に見つかったのかはわからないけど、でも始めることはできる、という希望を表現した芸術映画という感じ(まだ一回しか観てない)。

*3:たぶんエキストラの人かな。

*4:もともとビリーが鉄を溶かす仕事をしていたことは、彼がカインの子孫であり、耕作を行っても作物を実らすことができないことを表しているのだけど。

*5:マジック・アワーという言葉自体もネストール・アルメンドロスが作ったとか…。

*6:マリック本人も『聖杯たちの騎士』のという章で同じようなこと言ってた。